ステイシア試薬とIIF法(フルオロANCA テスト)との乖離要因
略語集
ANCA: anti-neutrophil cytoplasmic antibody(抗好中球細胞質抗体)
P-ANCA: perinuclear ANCA
C-ANCA: cytoplasmic ANCA
MPO: myeloperoxidase(ミエロペルオキシダーゼ)
PR3: proteinase3: PR3(プロテイナーゼ3)
BPI: bacterial-permeability increasing protein
NETs: Neutrophil extracellular traps(好中球細胞外トラップ)
AAV: ANCA-associated vasculitis(ANCA関連血管炎)
MPA: microscopic polyangiitis(顕微鏡的多発血管炎)
EGPA: eosinophilic granulomatosis with polyangiitis(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)
GPA: granulomatosis with polyangiitis(多発血管炎性肉芽腫症)
PN: periarteritis nodosa(結節性多発動脈炎)
UC: ulcerative colitis(潰瘍性大腸炎)
EIA: enzyme immunoassay(酵素免疫測定法)
IIF: indirect immunofluorescence(間接蛍光抗体法)
CLEIA: chemiluminescent enzyme immunoassay(化学発光酵素免疫測定法)
FEIA: fluorescence enzyme immunoassay(蛍光酵素免疫測定法)
RemIT-JAV: remission induction therapy in Japanese patients with ANCA-associated
vasculitides
CHCC: Chapel Hill Consensus Conference 2012
抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody: ANCA)は白血球の65%を占める好中球が持つ顆粒に含まれるライソソームに対する自己抗体です。ANCAには2種類あり、エタノール固定した好中球を標的細胞とした間接蛍光抗体法(indirect immunofluorescence: IIF)において、異なる染色パターンとして検出されます [1]。ひとつは核周囲を染めるもので、これをperinuclear ANCA(P-ANCA)と呼び、もうひとつは細胞質をびまん性に染めるもので、これをcytoplasmic ANCA(C-ANCA)と呼びます。
P-ANCAの主な対応抗原はミエロペルオキシダーゼ(myeloperoxidase: MPO)[2]、C-ANCAの主な対応抗原はプロテイナーゼ3(proteinase3: PR3)であることが分かっています[3]。現在ではANCAの検出はMPO抗原およびPR3抗原を固相化した化学発光酵素免疫測定法(chemiluminescent enzyme immunoassay: CLEIA)などによる定量的測定が主流となっています。
•診断
MPO/PR3-ANCAはANCA関連血管炎(ANCA-associated vasculitis: AAV)の診断のための検査として重要な自己抗体です。AAVには、顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis: MPA)、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilic granulomatosis with polyangiitis: EGPA)、多発血管炎性肉芽腫症(granulomatosis with polyangiitis: GPA)が含まれます。 MPAとEGPAの診断基準にはMPO-ANCAが、GPAの診断基準にはPR3-ANCAが記載されています[4]。
•疾患活動性
ANCAには病原性があることから、一般に力価は血管炎の疾患活動性の指標になります[5]。多くの場合、疾患活動性の低下に伴ってANCA力価は低下するため、急性期のANCA測定は疾患活動性を反映するサロゲートマーカーとして有用です。
ANCA力価と疾患活動性が関連しない場合や、ANCA陰性化に長期間を要する例もありますので、総合的な判断が必要です。
•血管炎とは
血管炎とは、全身性血管炎、系統的血管炎ともよばれ、血管自体に炎症をきたす疾患です[5]。血管壁に好中球、リンパ球などの炎症細胞が接着あるいは浸潤して血管壁の構造を破壊し、血管の破綻や血管内腔の狭窄や閉塞を引き起こします。その結果、虚血や壊死により臓器の機能障害を招きます。
•血管炎の分類
2012年にChapel Hill Consensus Conference 2012(CHCC2012)によって、多くの血管炎について新たな名称と定義が定められました[6]。
CHCC2012の分類は罹患血管サイズを根幹としており、大型血管炎、中型血管炎、小型血管炎、多様な血管を侵す血管炎、単一臓器血管炎、全身性疾患関連血管炎、推定病因を有する血管炎の7つのカテゴリーに分けられています。
小型血管炎には毛細血管、細動脈、細静脈、および小動脈などの障害が含まれます。また小型血管炎は、免疫複合体が「関与する疾患群」と「関与しない疾患群」に大別されます。
•AAV
免疫複合体が関与しない小型血管炎のうち、顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis: MPA)、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilic granulomatosis with polyangiitis: EGPA)、多発血管炎性肉芽腫症(granulomatosis with polyangiitis: GPA)などの疾患群はANCAと呼ばれる共通の自己抗体が高頻度で検出されることから、ANCA関連血管炎(ANCA-associated vasculitis: AAV)と称されています。
•AAVの定義
壊死性血管炎で、免疫複合体沈着はみられないか、わずかにしかみられません。主として小型血管を侵し、MPO-ANCAまたはPR3-ANCAと関連します。すべての患者でANCAが認められるとは限りません。
AAVにおけるANCA陽性率は以下の通りです [7]。
疾患名 | MPO-ANCA 陽性 | PR3-ANCA 陽性 | ANCA 陰性 |
---|---|---|---|
MPA | 97% | 3% | 1% |
GPA | 54% | 46% | 9% |
EGPA | 50% | 0% | 50% |
各疾患の解説を以下に示します [8]。
疾患名 | 解説 | ANCA |
---|---|---|
MPA | 主として小型血管を侵す壊死性血管炎 臨床像 ・免疫沈着:みられない/わずかにしかみられない ・小動脈や中型動脈を侵す壊死性血管炎:みられることもある ・壊死性糸球体腎炎:非常に高頻度にみられる ・肺毛細血管炎:しばしば起きる ・肉芽腫性炎症:みられない 治療応答性 治療が行われないと生命に危険がおよぶ。 出来るだけ早い時期に診断し、病気の初期にしっかりと治療すれば、8割以上の患者は寛解に至る。しかし、治療が遅れたり、治療の反応が良くなかったりすると、寛解導入までに時間がかかり、臓器の機能障害が残ってしまう。 |
MPO-ANCAが高率で検出 |
GPA | 上気道や下気道を傷害する壊死性・肉芽腫性炎症 主として小型ないし中型の血管(毛細血管、細静脈、細動脈、動脈、静脈)を侵す壊死性血管炎 臨床像 ・壊死性糸球体腎炎:よくみられる ・多彩な症状の出現が特徴 肉芽腫性炎症は上下気道以外にも、脳、眼窩、涙腺、耳下腺、乳房、肝、脾、腎、前立腺、卵巣などにもみとめられる。 治療応答性 早期に治療すれば寛解に至る。一般に副腎皮質ステロイドの副作用を軽減するためには速やかな減量が必要である一方で、早期の治療中止は再燃リスクがある。 |
PR3-ANCAが特異的に検出(疾患活動性の目安となる) MPO-ANCAは約半数に認められる |
EGPA | しばしば気道を侵す好酸球に富む壊死性肉芽腫性炎症 主として小型~中型血管を侵す壊死性血管炎で、気管支喘息や好酸球増多症と関連 臨床像 糸球体腎炎があるとANCA陽性の頻度が高い 治療応答性 ほとんど(90%以上)の症例は適切な治療によって軽快する。 10%未満で、脳出血・脳硬塞や心筋梗塞、腸穿孔、重症腎炎を生じ、麻痺や腎不全、視力低下を残すことがあるが、死亡に至るのは1%程度。 一度軽快しても治療を緩めると再発することがあり、治療は長年化する場合が多いが、10%以下では治療を中止できることもある。 *MPO-ANCA陽性EGPAは陰性EGPAに比べて発症年齢が有意に高く、重篤な腎障害や肺出血の合併頻度が有意に高いという報告がある。 |
MPO-ANCAが30-50%に出現 |
各疾患の診断基準に記載の検査所見等を下表にまとめました[4]。
診断基準に記載の検査項目等 | |
---|---|
MPA | 主要検査所見: ・MPO-ANCA陽性 ・CRP陽性 ・蛋白尿・血尿、BUN、血清クレアチニン値の上昇 ・胸部X線所見:浸潤陰影(肺胞出血)、間質性肺炎 |
GPA | 主要検査所見: Proiteinase 3-ANCA(PR3-ANCA)(蛍光抗体法でcytoplasmic pattern, C-ANCA)が高率に陽性を示す 参考となる検査所見: ・白血球、CRPの上昇 ・BUN、クレアチニンの上昇 |
EGPA | 参考となる所見: ・白血球増加(≧1万/µL) ・血小板増加(≧ 40万/µL) ・血清IgE増加(≧600 U/mL) ・リウマトイド因子陽性 ・肺浸潤陰影 |
薬剤関連AAVは、CHCC2012で提唱された新しい疾患カテゴリーです。薬剤投与に関連して主にMPO-ANCAが出現し、血管炎を誘発します[9]。時にMPO-ANCAとPR3-ANCAの両方が出現する症例も報告されています。多くの場合、原因薬剤の投与中止により血管炎の病勢が改善します。
•化学発光酵素免疫測定法:ステイシア試薬
(chemiluminescent enzyme immunoassay: CLEIA)
検出に化学発光を用いる酵素免疫測定法です。抗原が結合した磁性粒子と検体を反応させると抗原-抗体反応が生じます。この磁性粒子を集磁・洗浄した後、酵素標識抗体を加えると、抗原結合磁性粒子-抗体-酵素標識抗体の複合体が形成されます。続いて集磁・洗浄し未反応物を除去してから、基質液を加えると、基質は複合体中の酵素によって加水分解され発光します。この発光をカウントすることによって検体中の抗原特異的自己抗体濃度を測定します。溶液中に浮遊する抗原結合磁性粒子と検体を混合して反応させることで、短時間で効率的な自己抗体の検出が可能です。
ステイシア MEBLux™テスト MPO-ANCAではMPO抗原を、ステイシア MEBLux™テスト PR3-ANCAではPR3抗原をリンカーを介して磁性粒子に結合させています。
•測定範囲
項目名 | |
---|---|
MPO-ANCA | 1.0~300.0 U/mL |
PR3-ANCA | 1.0~350.0 U/mL |
•基準値
項目名 | |
---|---|
MPO-ANCA | 陽性:≧3.5 U/mL 陰性:<3.5 U/mL |
PR3-ANCA | 陽性:≧3.5 U/mL 陰性:<3.5 U/mL |
ステイシア試薬は以下の構成で設計しています。試薬の設計は各社で異なり、この違いから測定結果の乖離が生じる可能性があります。
•ステイシア試薬の設計
ステイシア MEBLux™テスト MPO、PR3-ANCA | |
---|---|
測定原理 | CLEIA |
抗原由来 | 精製抗原 |
抗原固相法 | アンカー法* |
検出用抗体 | 抗ヒトIgGポリクローナル抗体(ヤギ) |
標識物質 | アルカリホスファターゼ |
検出用基質 | 2-クロロ-5-(4-メトキシスピロ{1,2-ジオキセタン-3,2'-(5'-クロロ)-トリシクロ[3.3.1.13,7]デカン}-4-イル)-1-フェニルホスフェート・二ナトリウム (慣用名:CDP-Star) |
検出対象 | 発光 |
*スペーサーを介した抗原の固相法。直接固相法などに比べ、より多くの抗原認識部位を利用できるとされます。
•IIF法のみ陽性
ANCAにはMPO、PR3以外の対応抗原も知られます。このような抗原に対する抗体はminor ANCAと呼ばれます。minor ANCAの対応抗原には、BPI(bacterial-permeability increasing protein)、Elastase、Cathepsin G、Lactoferrinなどが知られます。以上のようなminor ANCAや未知の自己抗体が存在するため、MPOまたはPR3個別検査陰性かつIIF法陽性という結果は生じえます。
•ステイシア MEBLux™テスト PR3-ANCAまたはMPO-ANCAのみ陽性
ステイシアPR3-ANCAまたはMPO-ANCAが陽性かつ、IIF法陰性の場合、各試薬の各自己抗体に対する感度に起因すると考えられます。IIF法ではMPO、PR3以外にも多くの抗原を含み、多様な自己抗体を検出します。一方、ステイシアPR3-ANCAおよびMPO-ANCAでは、これらの抗原のみを用いており、個別の自己抗体に対する感度はIIF法より高くなります。
MPO-ANCAとPR3-ANCAがどちらも陽性となる場合については、国内においてAAV患者156例を対象としたコホート研究(RemIT-JAV)において報告されています[7]。
MPO-ANCAまたはPR3-ANCAが陽性のAAV患者のうち143例中5例が両陽性(3.5%)、5例のうち3例はGPA患者でした。なおGPA患者における両陽性例は33例中3例で、9.1%でした。
•AAVに対する特異度
MPA、GPA、EGPA、結節性多発動脈炎(periarteritis nodosa: PN)、高安動脈炎の患者血清を対象とした解析において、ステイシア MEBLux™テスト MPO-ANCA、PR3-ANCAのAAVの診断における特異度はいずれも100%でした [11]。この検討において偽陽性は認められませんでした。
•感染症との関連
ANCAと感染症の関連も報告されています。感染症は、直接的あるいは免疫学的機序を介して間接的に血管障害を誘発し、血管炎様の症状をきたすことがあります[5]。種々のウイルス感染症でも、血管炎類似の症状をきたすことがあり、B型肝炎ウイルス関連の結節性多発動脈炎や、C型肝炎ウイルス感染に伴うクリオグロブリン血症性血管炎などはよく知られています。その他、ヒト免疫不全ウイルス感染症、EBウイルス感染症、パルボウイルスB19感染症などでもAAV様の臨床像やANCA陽性をきたすという報告があります。
ANCAには疾患マーカーとしての意義があるのみならず、病原性があります[5]。MPO欠損マウスにマウスMPOを免疫して得られるMPO-ANCAもしくは脾細胞を免疫不全マウスや野生型マウスに移入することにより、血管炎を誘導できることが示されています [12]。 また、ヒトMPOを免疫されたWister-Kyotoラットでは、産生される抗ヒトMPO抗体がラットMPOに交差反応し、それにともない半月体形成性壊死性糸球体腎炎や肺出血が認められます[13]。
ANCAが血管炎を引き起こす機序としては、ANCA-サイトカインシークエンス説が提唱されてきました。炎症性サイトカインが好中球に作用して、MPOやPR3を好中球の細胞膜に表出させ、これにANCAが結合することで好中球が過剰に活性化し、血管内皮細胞を障害するとする説です。近年の研究では、これに加えANCAによる好中球の過剰な活性化には好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)の形成誘導も含まれることが明らかとなってきました[14]。
ANCAはAAV以外にも炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデス、サルコイドーシスなどの様々な疾患や薬剤で陽性となることがあります[15]。
薬剤関連では、主にMPO-ANCAが陽性となり、MPOとPR3の両方が陽性となる例もあります。(詳細は「薬剤関連AAV」参照)
PR3-ANCAは稀に、特殊な感染症(寄生虫、HIV)、癌、炎症性肺疾患、炎症性腸疾患でも認められます[4]。
•潰瘍性大腸炎とANCA
従来、海外の報告において潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis: UC)患者ではP-ANCAが高率に陽性になることが知られていました [16, 17]。近年では、肝臓関連や原発性硬化性胆管炎などの合併症を持つUCや広範囲にわたるUCにおいて特徴的にPR3-ANCAが検出されることが報告されています [18]。
日本国内の研究では、PR3-ANCAの成人UC患者に対する感度は39.2%、特異度は96.6%であり、疾患の重症度を反映するとされています[19]。小児UC患者に対する感度は64.9%、特異度は83.6%と報告されており、血清学的マーカーとしての有用性が示唆されています [20]。
最終更新日:2021年7月